唐招提寺展

4月になると 京都 神戸で唐招提寺展が始まる。 日帰りで2か所あるいは

空(から)の唐招提寺で 芭蕉の句碑だけみて出発の3か所巡りを発案。

若いのも年寄りも みんながみんな大反対。あんた いままでなんべんいっとんやねん。

萩だけでもいったやろ。

笠岡の展示会と違いまっせ。京都駅には近くても 博物館へ入るだけで必ずすごい行列。

しかも コロナ規制必須。年相応に一日一コなら付き合いまっせとのお声。

あんたは ただただ 走り回るだけ でしやっろ。あんたに付き合うと死ぬわ。 とまで言われた

→    あ~~ これが私なのだ。

日曜散歩

コロナの影響で 不要不急の外出もなく 勉強会もなく 遊びにも行けずお店の休日が

ゆったりできるようになった。日曜 ご近所さんと 歩いている。

町のいろいろな発見があって とても楽しい。今日は

笠岡市が作っている電気製造場をみた。震災が起こった時 動かすためだそうだ。

横着な彼女は 散歩が目的なのに 東の先まで タクシー券を使って 無料のタクシーに乗ろうという。どうしょうもないやっちゃと怒り怒り 私もタクシーに乗る。

散歩中は 好奇心が強すぎて 質問連発で  せわしい。うるさいやっちゃと

叱られる。しょうないなぁ これが私だから。それでも 散歩日和で最高に楽しい。

 

今日のお客様

三人姉妹をお持ちのおかぁ様 うちの娘はどれも嫁に行きそうもない。 どうしょう!?と 悩んでいた

あの頃のことが 懐かしく 楽しくて笑えて来る。 こんなかわいいのを 連れてきてくれた。

こんなかわいい甥を みたらおばちゃんたちが コロッと変わって 次々と 決まるのであろう。

春の訪れ

一雨ごとに春がやってくる

雨の庭の美しいこと。 裏のいとこの庭。四季折々に美しい花を咲かせてくれる

世話をするのは 彼らで 愛でるのは私。

桜と梅         右は 花椿。

暇なもんで ぶらぶらお花見。

そうそう 雨上がりのうちの庭 いいんだけど 渋すぎる。山茶花と桃だが。

 いとこの庭が 数等ええなぁ。 春は 待ちに待ったと 花が 華。

 

今日のお客様

本当に本当に久しぶりのお客様。 転んで大アザができて お医者さんにいったのだが 痛め止めだけで

それがまだ いたいんよ~~と 来られたのだがそれ以来 来てんなかった。

それが 今日は ニコニコ顔で これがようきいたでと 空袋を見せてくれた

漢方薬 治打撲一方(ちだぼく いっぽう)と

田三七 (でんさんひち)の打撲 捻挫などの特効薬コンビだ。オーストラリアのダチョウの油成分の

エミュークリームは塗り込むだけだが 二度塗りがコツ。  これだけでええと 大箱を お求めくださった。

モーリシャス 重油事故

20年8月に インド洋の貴婦人 モーリシャスで 笠岡の船会社の船が 事故を起こして

重油が流れた。サンゴ礁も 住民の暮らしも大変な被害にあっている。 あのとき あ~と

思っていただけ。この日曜 親類同士で お墓の掃除をしていてこの話が出て

うちら 知らん顔していていいのかということになった。そうだ 確かに 関係者は やっていると思うが

もっと 寄付の話が盛り上がってもいいと思う。   

それを店でいうと

モーリシャスもそうなんじゃけど この不景気、まず 私に頂戴と 言われて

ぺしゃんこ。          まず こっそり すべきか?  まず陰徳からか?

そうこうしていると 忘れてしまいそうな恥ずかしい私がいる。よし また 募金箱だ。

ケニヤだより

友人が珍しい写真を見せてくれた。

娘夫婦のおみやげだという。あまりに面白いので ブログにアップします。

娘夫婦は 今はニューヨークだが つい先ほどまでヨーロッパにいた。

そこで ケニア出身の女の子と知り合いになって 結婚式に招待された。

ホテルの前で バッグをひったくられた。でも 彼女の旦那さん(もちろん 日本人)が 元アメフトの選手でタックルして

バッグを取り返したと。家と店と 時どき 郵便局しか 行動範囲がない私は  あんぐり。興奮やるかたない。

 

今日のお客様

ご年配のお客様。タクシーで来られる。

スタッフが接客しているところへ 出て行った。と、

あ~おったんか? もうお前は 年だから 接客せんのんかと思うとったと のたまった。

怒り狂った私めのこたえ。

バーじゃあるまいし でるわい。 平然としたその方のお答え 。

あ ~ バーじゃなくて ばばぁじゃった。 はっはっは。

あ~~ また 負けた。

越前和紙だより

先年亡くなった友人は 壽岳文章 しずさん ご夫婦の長男壽岳潤さんと

遅い結婚をして 学者家族の一員となった。義姉は壽岳章子さん。 文章さんが 和紙の研究をされていた関係で

なんも知らない私も嫁の友人ということだけで 和紙の世界を 覗き込む。

越前和紙の小さなフアンになり 小物を チョロチョロ 買って 身辺においたり プレゼント用としている。

その関係で 季刊 和紙だよりが福井県の和紙協同組合から 律儀に送られてきていたが とうとう この号をもって

廃刊となった。編集長は才人 右衛門佐美佐子( よもさみさこ )さん。壽岳一家のしのぶ会で 遠目から 拝見しただけだが

英語フランス語の達人というだけで オーラが漂っておられた。

 

うれしいお返事。

一日雨 うれしい便りが来た。 大学時代の友人。ー男の子。結婚に失敗

長いこと独身生活をしていたが 不思議な巡り合いで再婚。良かったねぇと言っていた。

のに 本人がほどなく病死。奥さん 一人 残された。奥さん こどもを 授かっていて苦労しながら 育てた。

数年前 前の夫も 病死。連絡を受け その前の夫の方が 死ぬまで 看病したと。血のつながりのない

息子も お世話した。 その子が この度結婚。

なぜか その未亡人と 友達になっていた私。

うれしくてお祝いと 手紙を送ると めちゃめちゃに たのしい礼状が来た。勿体ない友人です。