乗り換えで東京駅で 小一時間の時間待ち。 本を二冊買いました。列車のなかで
読破しました。 一冊は田原**の90まで働け。 つまらん本でした。
もう一冊は出口治明先生の 還暦からの底力
これは面白かった。死ぬまではたらけでなく 死ぬまで勉強しろです。人と付き合え
本を読め 歴史を学べ 旅をしろ。 彼のモットーは 人生はたのしくて なんぼ。
ハハハ 然り 然り。 私のモットーは 生きてるだけで丸儲け。
乗り換えで東京駅で 小一時間の時間待ち。 本を二冊買いました。列車のなかで
読破しました。 一冊は田原**の90まで働け。 つまらん本でした。
もう一冊は出口治明先生の 還暦からの底力
これは面白かった。死ぬまではたらけでなく 死ぬまで勉強しろです。人と付き合え
本を読め 歴史を学べ 旅をしろ。 彼のモットーは 人生はたのしくて なんぼ。
ハハハ 然り 然り。 私のモットーは 生きてるだけで丸儲け。
盛岡で三大麺 わんこ 冷麺 じゃじゃ麺
じゃじゃ麺はみそじたて。添乗員さんに → すでに 私の胃袋の大きさを 知っておられる模様 → わたしだったら わんこ何杯 いけるかなと聞きました。まぁ 三〇杯か40杯かなぁ わたし→優勝できるには ? 彼女の答え まぁ七〇杯以上は いかんと。。。。。。。。。。はい。 まだまだ修行が足りないようで。

圧巻は 十和田湖のヒメマス。和井内貞行さんのおかげで
こんなおいしいものが この世にあったんですよ。さけなんて さがりおれぇ~~
船越保武 同行のM夫人がフアンということで 教えていただく。長生きされているのでたくさんの作品ができた。彼の彫刻は ギリシャ彫刻から 出発しただろうが また違う。その日本人の優しさ 穏やかさに 心打たれる。今日一日 ずっと この部屋にいたい。女優のさとうおりえさんのお父上と 日本の彫刻界を 代表するお二人。 船越さんの今回のたくさんの作品を見て 宗教性を覚えた。やっぱりカトリックの信徒であった。 ただの芸術家では これは作れない。 キリスト教関係のが やはりよかった。
ゴルゴダのキリストは 病状悪化して 土を こねることが出来なくて 投げつけたという。 長崎26聖人 ダミアン神父 聖セシリア 、やはりこちらの系統の作品に くぎずけになって 涙を流している私が いた。 迷わず重い本を買う。旅の最後で この恩寵。 カタルシスではない、恩寵。やはり 祈り。恥も臆面もなく こう言い切る厚かましい私。 奥入瀬より こちらのものです。 申し訳ありません。

奥入瀬も いいけど これ! 竹喬友の会の学術 上園神様 皆様。盾突いた私を お
松本竣介一枚の自画像に 心を奪われた。若くて 優しくて 壊れそうで
あどけなくて 案の定 夭逝されている
デューラーの自画像に 遜色ない。デューラーのは 中世の騎士像だが それも 精悍な りりしい 若武者でありながら 優しくてモロそうなところのある像


まんてつと読むと思っていたら よろずだった。 私がおっかけをやっている
執行草舟さんの美術館でしっていたので これは よかった。 マチス風から 作風が変わっていって 岡本太郎ばり ピカソばりっと いっていたようだったが 迫力満点。

岩手県立美術館を とばして 朝奥入瀬で ゆっくり歩いて リンゴ園で りんごくって
かえろっと 学術上園神様に 盾突いていました。ここ岩手の学術は 里庄出身で
笠岡高校 岡山大学出で 上園神様の愛弟子であったろうと思います。岩手県立美術館には 常設として 画家が 三人 います こんなに良いところに来れて ほんとうにうれしかたです、
万鉄五郎
まつもと竣介
船越保武
青森のリンゴ園 買い物に忙しい仲間から 離れて スタッフにリンゴ畑に連れて行ってもらう。 あ~ええなぁ どこまで ここの畑 ?ずずっと見えるところまで。 リンゴの赤がみえんじゃ→ もうとっくに 全部取ったんです。へぇ? どこへあるん? 冷蔵庫へ入れてます。 それを ぼちぼちだしていくんです。そこの店から リンゴを少し 送ってもらって 店に置いていた。誰かにあげようかと。。。。。 ある日のこと うちのスタッフ。がいうことに はよ たべ。 おいしいうちに。 それなんです。 うちのスタッフは しっかりしていまして ボスの私が なんでもかんでも ぬけとんで こういうことになります。 感謝。
雨の東北の 青森の 夕刻5時では 奥入瀬は あ~~~。残念至極
石が戸という 日本版 ローレライで 土をふんだだけ。 大町桂月が場所場所に 名前を付けて ストーリーを 運び 奥入瀬を 際立たせた。桂月は いまでいう コピーライターか くまモンのなずけおやみたいな存在か? 奥入瀬は 朝 天気の良い時に
時間をかけていくところです、
リーダーとはを 思う時 浅野内匠頭。乃木大将、八甲田の訓練発案者 聖徳太子 のことを バスの中で思いまどっていた。
昔 片岡千恵蔵という役者が 忠臣蔵の大石内蔵助やくで 出ていた映画をみながら 子供心に このお殿様は いけんなぁ と 思い込んでいた。
乃木大将は 司馬遼太郎が けちょんけちょんにくさしていたが 私は密かに尊敬している。 八甲田を書いた藤原さんのことを ガイドさんがいっていた。 彼が取材に行っても 当事者も 村の人も 口を堅く閉じてなんも語らなかったそうだ。それで 余計 これは世間に出さねばならぬと思ったそうだ。
日本一のリーダーは 聖徳太子だと思う。 憲法も作り(ハムラビ法典にまけてはいない) 仏教と 神教 を けんかさせなかった。 日本独自の融合を させたのは 聖徳太子だと思う。 聖徳太子の 子孫のことを思うと 涙を禁じ得ない。たびにでて 話を聞くと 私の頭は 奔放に飛んで行ってしまう。中途半端な知識で 勝手に思い遊んでしまう。