奥の細道⑥芭蕉  おわり

俳聖、芭蕉。奥の細道で不易流行をうちたてた。絶対変えないものは変えず 残し伝えるものは残す。そのうえで変化を恐れず新しいものを取り入れる。

芸術も 日々の生活も ビジネスもそうである。道中 交通機関を待っている間に

俳句全句集をお借りする。時間をかけて読まねばわからないのも

はらっと 読めるのも くすっと笑ってしまうのも 同じ思いで 共感できるのも

涙がこぼれそうになるもの。。。。。。。。。。。

俳句の世界を覗けて 本当に よい時間をいただいた。   毎日バタバタ暮らす

がさつものの私が大雨のおかげで 没頭できた宝の時間だった。

帰省して 早速 同じ本を注文。家で読めると思わはないが ほしい一冊。

やがて死ぬ 景色は見えず 蝉の声。。。。。。。。→ これは私かもしれないな。

蝉が精いっぱい やかましく鳴いている。すぐ 死ぬセミなのに。

野ざらしを こころに風の しむ身かな。。。。。。。これも わかるなぁ。

湯の浜温泉の日本海で 秋でもないのに この句が ご~~んと 飛び込んできた。。  あかあかと 日はつれなくも 秋の風。

竹喬さんが 芭蕉の句意を画面に表してる。あ~~ あれが 絵画化されたものかと 竹喬さんのこの句絵のおかげで 一層 この句が好きになりました。

 

 

それでも 私が一番好きな 芭蕉の句は 奥の細道でなく 唐招提寺で 鑑真和上を

うたった

若葉して御目のしずく ぬぐはばや です。    芭蕉は 西行に劣らず

鑑真にも憧れていたからです。あ~~~いい旅だったなぁ。 感謝。

奥の細道⑤ ライシャワー

山寺芭蕉記念館で アメリカ駐日大使だったライシャワーさんの記念碑があった。

日本研究家で知日家。山形 (日本)に憧れておられ 賛美の中で未来の在り方を

示唆されていた。

記念碑は次の通り

山形ー 山の向こうのもう一つの日本

日本の本来の姿を思い出させる美しいところ 山形。

それは 芭蕉が300年前に訪れたときに目に映った物であり 私が20年前

山形で感じたものです。山形は過去の日本であるばかりではなくて

将来の日本であると思います。 山形(日本)は 発展の余地があります。

でもその発展は

自然と人間の喜ばしい均衡を損なわないものであってほしいと望んでいます。

ライシャワーさんのあたたかい視線の 奥の深い洞察。

芭蕉とライシャワーさん 。しみじみと こうべを垂れた。

この旅での一番の収穫は これ。

今の 日本の政治家 私たち国民一人一人 ライシャワーさんに合わす顔がない。

 

 

 

奥の細道⓸ 最上川ライン下り

東北の川  北上川 最上川 阿武隈川

最上川は 吾妻山から 北へ北へ北流シテ 庄内平野から 日本海へそそぐ

山形県だけの川。義経36人衆 山形のお殿様その人たちの 貢献が多いという。

船頭さんが退屈しないように 面白く話してくれる。

プロの アナウンサーさんが定年で 故郷に帰り 船頭さんになって 同僚にもしゃべり方 発声の仕方など 教えて 僕らの 腕があがりましたわと・・・・・・・ いい話。

冬のこたつ船が いいだろうなぁ。

おしんが 最上川を下って 酒田へ行った。 若い人は おしんも知らない。

豪商本間。 奥方役の長岡輝子の演技の素晴らしかったこと。

東北人のイメージ。

本間様には及びもないが  せめてなりたや お殿様。これなんぞ ひどい皮肉も

こもっている。

紅花摘みの歌。 一つ摘んでは 憎らしや 一つ摘んでは 憎らしや。

仕事で摘むのは 痛いし つらいという歌だ。腹が立つ。 紅花をめでれる人たちが

憎らしいとさえ。。。。。。ふ~~む。

結構 内心きついものを持っている。冬の寒さ 夏の暑さ 天候が厳しいところで

生活もきつかったのから当然だろう。

だけど 荘内美人 → 山形。 津軽美人→ 秋田。 越後美人→ 新潟。南部美人→ 盛岡。美人の産地だ。

備中美人ってきかんもンなあなぁ。

米だって おいしい。秋田こまち ササニシキ コシヒカリ

ところがタイへん タイヘン。今売れ行き一番は さめてもおいしい。 ゆめピリカ、

北海道産だって。

 

奥の細道3  出羽三山

出羽三山       羽黒山 月山 湯殿山の総称。神仏習合の修験道。

山岳信仰の総元締め。

みなよかった.

結局 大雨のため 月山は みるだけ。残念。本当に残念、

羽黒山で 多くの山伏を見た。 ほら貝もきいた。かれらはほら貝を吹き 私はほらを吹く。

湯殿山は 人に喋ってはいけないので いわないが

語られぬ 湯殿にぬらす袂かな。

裸足になって 駆け上るのが すごい。しかし あそこで 靴など履いいたら

一層 きけんであったろう。雪渓が 残っていた。

月山には 雪が積もっていた。 羽黒山の五重塔に80代もみな登った。

負けてたまるか 清心丸をこっそり飲んで しかと駆け上った。

みんなすごいなぁ~~~~~。 感動感激 何が好きと言って 銀座も好きだけど

やっぱりこういうところが 一番。

奥の細道②

朝5時我が家出発。 大雨の中 徒歩で30分の強行歩行。 集合場所で

再度どうするか ここでやめるか 質問される。皆さん, 行くと断固。

山陽道が 私たちのバスの直前でシャッター。ロ^カルを走って岡山駅へ.

新幹線ストップ。その後 岡山駅 新大阪駅 伊丹空港と 待って待って

遅れて遅れて。  昼前 鶴岡着予定が深夜着。 今日一日は まさに移動日。

湯の浜温泉。仙台空港から 西に。太平洋から 日本海だ。

疲れた体に ごちそうが一杯。遅くまで待っていただいて 食べさせていただく。感激。

テーブルで お料理完食は一人だけ。

焼き魚ののどぼそカレイが 最高。弁慶おにぎりも おいしかったなぁ~~。みそ味の

おにぎりを なっぱでくるんだだけのもの。囲炉裏で焼く。おにぎりは うちとこ瀬戸内は

ノリでくるみますというと 仲居さんが 知ってます。そりゃぁ 普通ですわと こたえられた。

ちょっと赤面。

翌朝五時の露天風呂は 一人風呂。 大雨は一日中。

仙台空港で 後塵を待つ間 タンシチュウ。 タンは好みがはっきり分かれる。

私は何でもおいしいけど。

売店でずんだソフトのおいしいこと。

私。。。。。。。。おねぇさんおいしいっ!

おねぇさん。。。。。。おいしいでしょうとと 反り返る。。。。。。

私 。。。。。。。 おねぇさん いばったな

おねぇさん。。。。。。へへへ つい いばっちゃった もうひとつ いかが

わたし 。。。。。。。。くれるん?

おねぇさん。。。。。 かうんよ

私。。。。。。。。。あっ おなかいてて。。。。。。これぐらいで我慢我慢

グループの若いお兄ちゃんに 味見させてあげようと すぷーんで 私の食べたところを

こすって はいとわたしたら イランと拒否。なんでやねん。 答え→賞味期限というか

賞味年齢がありますよってんと 断られる。だから こすって清めたのに。ぷんぷん。人を年寄り扱いし寄って ぷんぷん。

 

待ち時間 借りた芭蕉全句集を 読み込む。日本語が豊か、視点が 優しい。

あ~~~やっぱり芭蕉は いいなぁ。んだんだずんだ。

 

奥の細道①

芭蕉は500年も前の西行に憧れていた。彼のように旅先で客死さえあこがれていた。

笠岡の宝 小野竹喬さんは 芭蕉に憧れ奥の細道句抄を 画いた。竹喬美術館は

会員に 竹喬のあとを追うチャンスをくれる。今回は 最上川と奧羽三山だ。

五月雨を集めて早し最上川。 この句ができるまでのプロセスも習う。

ところが 出発の日7月6日は 日本国中大雨にたたられた。山陽道 新幹線 飛行機

すべて遅れに遅れ昼前の最上川下りは もちろんダメで 鶴岡についたのは 深夜。

ほう 旅とは非日常の上に非常識。29人の平均年齢は70代後半。 ひえぇ~~~

若気な人ばっかりで タジタジ。さぁ 始まりはじまり。

気って ? 続き

松方弘樹さんは 死なれたが 妻であったこともある仁科亜希子さんは 何度も癌をされながら

元気でおられる。 秘訣はとの 質問に 6けの 気ですっとこたえられていた。

①元気

②陽気

③やる気

⓸本気 あるいは 強気

⑤勇気

⑥根気……   えらいなぁ~~~~

…フ~~~~~む。 まだまだ 到達できないなぁ。

大原総一郎50年忌 レクイエム・

倉敷大原家。お父上の50回忌で メモリアルコンサート。フィガロの結婚 (協奏曲 戴冠式) そして メインは

レクイエム。これは モーツアルトではなくてフォーレの。

企画構成は 長女の太原れいこさん。舞台の花は次女の正田泰子さん( 美智子皇后 の弟君のお嫁さん)ピアノ協奏曲戴冠式の

ピアノはパリ在住で大原家と昔からのお付き合いのある児玉桃 さんという女性。この日のために パリより来たる。

名画の大原美術館 に クラッシック音楽 という  広さ 深さの 大原家の存在を 岡山県人として 感謝。

広島から 修道女の友が来てくれたので レクイエムの 解説を帰り道してもらった。鎮魂曲.本当に良いコンサートだったのに

連日の疲れで よくよく寝こんだ私。シスターは とても喜んでくださって よかった。

 

 

大阪勉強会②

 

勉強会が終わったら 会長の古希を お祝してのごちそう会。

中華料理。 宴たけなわ。三人の美女が フラダンスのきれいな服を着て 踊ってくださる。 

みんな うっとり。真ん中の美女は 先ほどまで 中身の濃い講義をしてくださった

講師の本当はえっらい先生。

超然として美しい。唖然 呆然 。驚いて 驚きのあまり アワビをぽとりと落とす人あり。 箸が転がってもおかしい

あの青春時代が また来たかというほど 笑いに包まれた大阪の夜でした。

 

大阪勉強会 気ってなんだ ?①

目から鱗が落ちる勉強会。

はっあっ と 驚くことばかり。過去何度も勉強したこともあろう だが その時 そこで 状況が ぴたっと

会わなければ 腑に落ちない。

人さまより 理解度も遅く 脳の回転も遅いがゆえに なかなか ついていけない私。でも

一つ二つは わかった気がした。

例えば 病気の気 元気の気 気は エネルギー ...大丈夫。と思う気。

常識を破る であるならば 非常識で どうだ?

いつも思い出す。

イギリス人 マークが 剣道を はじめて 師匠にきがはいっとら~~~んと バチン!!

まちこさ~~~ん、 いたいよう~~! 気ってなんや ? あの頃は やる気の気 もっとしっかりせんかの 気。と

おもっていた。

いま 思う。ちがう。 らっくらく ステップするほど 宙に上るほど 好きになること。

病気になったら うじうじするのをやめて 思いを軽く持って 病気の気を はらしす。

大丈夫。と。

病気の気を 元気の気にかえるのも自分。 これ  同じ考え。

これすべての生き方。こんな勉強会を 楽しんだり 本を読んだりして なんか 大丈夫と

思い出している毎日。感謝。